「文化大革命」とは
以前、拙稿「日本と台湾はなぜ友好関係?④~台湾が台湾でいれた理由~」(URL:http://www.juku.st/info/entry/1161)において、独立を狙う台湾と中華人民共和国の一部としたい中国の動きをご紹介しました。
その中で、台湾の独立を認めない(中国から言えば、台湾を中華民国から中華人民共和国へ解放する)中国が、軍事投入出来なかった理由として、中国国内が混乱に陥っていたために台湾へ意識を向ける余裕がなかったという事を説明致しました。
その大きな2つの要因が、1950年代後半から起こった毛沢東主席による「大躍進政策」とその後1960年代後半から大きな展開を見せる「文化大革命」です。
大学受験やセンター試験でも頻出な中国近現代史の2つの出来事ですが、これらを勉強するということが何故重要なのかを一度講師の目線で考えてみましょう。様々な見方があると思いますが、この2つをきっちり生徒が理解しなければならない理由は入試以外にも2点あると考えます。
まず、1つに、
この2つの出来事が中華人民共和国の、経済・政治政策の大きな転換点となったということです。近現代の中国を理解する上でこの2つを丁寧に学ぶことは必要絶対条件といえるでしょう。
もう1つは、
本稿で扱う「大躍進政策」の失敗例から現代の我々が何を教訓とすればよいのかを考えられる事です。この点については後ほど詳述します。
上記のような問題意識から、本稿では生徒が
「大躍進政策」が、当時の中国にどのような影響を及ぼしたか
がしっかり理解できるような指導法をご紹介します。
中華人民共和国の経済方針
第2次世界大戦後、途中の国共合作を経つつも、戦前から続いていた「国共内戦」に共産党が勝利します。
蒋介石率いる国民党は、まだその影響下にあった台湾へと逃れ、大陸は共産党の支配地域となりました。
1949年10月1日、正式に中華人民共和国の成立を毛沢東が宣言します。
国家主席の座についた毛沢東は、当時のソ連と同じ、社会主義経済路線を採用します。
「社会主義」という言葉の意味については良ければ、拙稿「資本主義・社会主義・共産主義の違いをわかりやすく教える方法」(URL:http://www.juku.st/info/entry/685)をご参照いただきたいのですが、「社会主義」とは簡単にいえば、経済活動を「国」で管理するような経済体制の事を指しています。
つまり、私有財産や私有の生産手段を無くして、全てを国営企業にすれば不景気が起こらないようにコントロールすることが出来る。これが社会主義の考え方です。
さて、それでは果たして本当にそれが実現できるのでしょうか?
結果論として「大躍進政策」とは、これが実現可能かどうかの大実験となってしまいました。
このような前提知識を確認した上で、授業の中身に入って行きましょう。
中国全土で◯を作ろう
当時、毛沢東はソ連にならって足早に社会主義の建設を志していました。社会主義による計画経済で、経済力で大きな差が開いていたイギリスやアメリカ(この2国は資本主義体制)に追いつき、追い越すような大国になろうと大号令をかけます。
では自らが掲げる社会主義の理想を建設していくためには何が必要か、毛沢東は考えます。
その結果、毛沢東は産業の発展の基盤となる「鉄」に着目します。
「鉄」があれば道路や港湾を整備することが出来ますし、ビルも建てられます。鉄の生産こそが社会主義を建設していくのに重要な要素になると判断したのです。
しかし、中国には日本のような大きな製鉄所がありませんでした。
大量の鉄を作るのであったら、大きな製鉄所を整えた上で鉄資源を確保して大量生産・・・というのが本来の流れであるはずですが、毛沢東の選んだやり方はこれと全く違うものでした。
その方法とは、「100万基の溶鉱炉を6000万人の人民が生産する」というものです。
1つ1つの生産力は工場のような施設に及ばなくとも、中国全土の規模で人民が生産活動をしましょう。
そうすれば中国の鉄鋼生産量はたちまち世界トップクラスになりますよと、言葉を選ばずに言えば「極めて安易」な予測をたてます。
結果
この「政策」によって、中国大陸の全土で手作りの製鉄所が建設されます。
農業地域の村においてもそれは例外となりませんでした。この結果どのようなことが起こったでしょうか?
以下ポイントを3点提示します。
①鉄製品が無くなる手作りの溶鉱炉をまがりなりに作ることが出来ても、鉄を作るために必要な鉄鉱石(高温にして鉄を溶かすための燃料)がありません。
しかし、上からはとにかく鉄を一定量以上生産するよう圧力をかけられます。
基準を超える鉄が作れなくなって追い詰められた人民はどうしたでしょうか?
苦肉の策で生活必需品であるヤカンやバケツ、農村においては鍬、鋤などの農業道具まで炉に投入します。
こうして、鉄を作るために鉄の製品が無くなるという奇妙な現象が起きました。
②粗悪な鉄が出来上がる鉄の生産過程を知っている方などはすぐにお分かりだと思うのですが、鉄というのは原料加工の段階ですでに高度であるかつ専門的な技術が必要になります。
さらに良質な鉄にするために、作っていく過程で機械を使って高圧な酸素を送り込むなど、とても精緻な部分にまでこだわって製鉄しなければならないのです。
他にも1つ1つあげるとキリがありませんが、これらのきちんとした設備がなければ良質な鉄をつくり上げることは出来ません。個人が作る自家製の溶鉱炉で作れる鉄に質の良さは備わっていませんでした。
③環境への大ダメージ
また、鉄を溶かすための燃料にするため、山に生えている木を次々と切り倒して使います。
その結果、中国全土の山が次々とハゲ山となってしまいました。山に生えている木々というのは、大雨の際には水をゆっくり時間をかけて流すなど「自然のダム」という重要な役割を果たしています。
それが中国全土で森林伐採をしてこの機能を失わせてしまったことにより、ひとたび雨が降れば大洪水となっては、地すべりも併発して大災害となりました。
人民公社のもたらしたもの
先ほど農家について少し述べましたが、農業のやり方についても毛沢東は指示を出します。
農業に携わる人民を集団生活させる「人民公社」という組織を作らせていました。
これは社会主義をより高次化した共産主義の「階級社会のない平等社会」という考え方を取り入れています。(良ければここも前掲「資本主義・社会主義・共産主義の違いをわかりやすく教える方法」をご参照ください)
どういうことかというと、私有財産を持ってはいけないということは、個人の持ち物を一切持ってはいけない、つまり、家というのも個人の持ち物だから捨てて、生活を集団で行おうという理論です。
本来、社会主義や共産主義の指摘する私有財産とは工場施設などの生産手段を意味しているのですが、違った意味で解釈しており、人民に平等主義を徹底させました。
農業生産の低下
では肝心の農業生産はどのような状況になっていたでしょうか。
上記の通り、鍬や鋤などを鉄の生産のために溶鉱炉に投入してしまっていたため、生産道具がなく、作業効率が格段と下がっていました。鉄の生産に費やす時間も多く、作物が実っても収穫しないということになります。
さらに、これが社会主義の最大の矛盾点の部分となる所ですが、平等主義の観点から働いても働かなくても給料を同じに設定します。そうすると一生懸命仕事をしていてもサボって働かない人と同じ給料になってしまいます。
こうなると当然、一生懸命働くことがバカバカしく感じてしまい、労働意欲の低下につながりますよね
このような要因が重なり、次第に作物の収穫量は落ちました。その結果、中国大陸全土で深刻な飢餓が発生します。この飢餓によって約2000万人以上の人民が餓死してしまうことになります。(3000~5000万人とする説もあります)
野草を食べて飢えをしのごうとした人民がいたことはもちろん、人肉を食べる人もでるというまさに現在からは考えられないような地獄絵図が各地に広がったのです。
まとめ
ここまで、受験においても現代においても重要なテーマである「大躍進政策」の中身について生徒にわかりやすく説明する方法をお伝えしてきました。指導のポイントをまとめると
テーマ:社会主義は実現可能?中国の「大躍進政策」から見えるもの
◯中華人民共和国の成立
(1)中華人民共和国が採用した経済体制:社会主義
(2)【復習】資本主義・社会主義・共産主義の違いとは?
◯産業の発展のために何を重視したか
(1)中国全土で”鉄”を生産
(2)製鉄所が無ければどうやって生産する?
(3)結果
◯農業生産はどうなったか
(1)「人民公社」組織の誕生
(2)労働意欲と生産の関係性
(3)飢えに苦しんだ3年間
となります。
この「大躍進政策」は皮肉な事に社会主義の理想と現実の差をこれでもかという程に示すことになりました。
このような歴史から、私達は例えば以下の様な事を教訓として学べるのではないでしょうか。
<例>
・労働意欲の重要性
→将来企業で人を動かす立場となった時に、生産を伸ばすだけでなく、労働者の意欲にもしっかり意識を向けるようにすることはとても大事である
・理想と現実の距離の違いを図ること
→理想と掲げる目標に達するまでには、現場の状況を踏まえた上でいかに有効な策を見出すか
というような事を歴史の事実から考えることが出来ます。
あくまで上のものは一例ですが、こうした歴史を学ぶことを通して何を考えるかという点にまで踏み込んで授業を行えるとより授業のねらいを明確に設定できると思います。
長くなりましたが本稿は以上です。ここまで長文ご精読ありがとうございました!