「抽象的」と「具体的」のスキル
現代文を得意にするためには、要約が大切だとか論理が大切だとか、いろいろ大切なものがありますが、結局どのような能力が必要とされるのかがあまり明らかにされていません。
それは当然といえば当然で、人が言語をどのように認識してどのように意味を汲み取っているのか、今の科学でも解明できていません。認識の話は認識論として、かのデカルトやロックが取り組んだものでもあります。
しかし、その実体はわかりません。
確かに実体はわからないのですが、少なくとも「こう考えたらけっこううまくいく」という思考法は存在するのです。
そのうちの一つが、抽象概念と具体例の往復運動です。
抽象的に考える、具体的に考える、抽象化する、具体化する...
そういった言葉をよく聞きますが、この考え方を本当にうまくつかいこなせている人はそんなにいません。むしろ現代文の授業で、この用語を使っている人がほとんどいないというぐらいです。しかしこれができないことで、文字通り、文章を読むことができなくなります。
抽象概念は圧縮ファイル
現代文を読みきれない、あるいは理解できない人の根本的な原因は、抽象化ができないことにあります。
現代文ができる人は文章にある大部分を切り捨てて、本質のみを覚えることができます。けれども、現代文が苦手な人は、文章に書かれているものの全部をきちんと理解しようとします。
ここが大きな違いです。
そもそも数千文字もある文章を、人間が10分足らずですぐに理解できるはずがないのです。
現代文ができる人は、文章中にある具体的な文章を抽象化することができるのです。抽象化とは言ってみれば、圧縮ファイルです。10MBの容量だとしたら、抽象化することによって10KBに減らすことができます。
現代文が得意な人はとにかく文章を抽象化し、それだけを記憶しながら文章を読み進めるのです。
文章を読んでいるうちに何を言っているのかがわからなくなったという記憶はないでしょうか?
それは、文章の最初は理解できていても、その容量があまりにも膨大だったために、読み進めるうちに最初に何が書いてあったのかを忘れてしまうのです。けれども、抽象化をすれば、最初の論理を忘れないようにして、文章を読み進めることができるのです。
要約と抽象化の違い
軽く要約と抽象化の違いに触れておきたいと思います。要約というのは、長い論理を端的にまとめたものです。もし文章がA→B→C→Dという論理であれば、その論理で本当に重要な箇所だけを抜き取り、場合によってはA→Dとしてしまうことが要約です。一方で抽象化とは、論理の構造を変化させず、用語の解釈の幅を広げることを指します。りんごと果物。前者は後者に包括されます。
抽象化とは
単語を羅列してみましょう。
りんご みかん ぶどう メロン パイナップル キウイフルーツ...
さて、この単語の羅列は”結局のところ”何を表しているのでしょうか?
お分かりかと想いますが、これらはフルーツまたは果物を表しています。
極端なたとえ話になりますが、200個ぐらいの果物の名前が書かれている紙を渡され、この中から50個正解すればお金がもらえるとしたら...?
おそらく、素直に200単語を覚えるのではなく、まずは”果物が書かれている”と覚えた上で覚える作業に移ることでしょう。実際にテストのときになったら、仮にまったく覚えていなかったとしても、自分が知っている果物を順に上げていけばだいたい当たるものです。
単語ではなく、もう少し実践的なことをやってみましょうか。次の例を見てください。
・アフリカの奥地に住むバルメ族は口から火を吹くことができる
・オセアニアの小さな島に住むアルメ族は手をかざすだけで風を起こすことができる
・実は南極大陸に住んでいるガーラ族は目からビームがでる
なんかとんでもない文が羅列されていますね...もちろん架空の話です。
例えば、この3つの文が現代文に出てきていたら、あなたはこれをどのように抽象化するでしょうか?
簡単に言ってしまえば、これらの文の主語の共通点を見つけること、あるいは述語の共通点を見つけることが大切です。
【主語の分析】
○○族の話が出てきていますが、これらに共通する要素はなんでしょうか?
アフリカの奥地・オセアニアの小さな島・南極大陸
まとめ方はいろいろありますが、とりあえず「僻地」だとか「文明から離れた地域」とでもしておくといいでしょう。
【述語の分析】
次に述語をまとめてみます。火を吹いたり風を起こしたり、目からビーム...あの単語が思いつきますよね。そう、「魔法」です。あるいは「異能力」とでもいいましょうか。これを使うと簡単に抽象化できそうです。
以上の分析から、先ほどの3つの文を抽象化すると「文明から離れた地域に住む民族は、魔法を使えることがある」となります。
今回の抽象化作業はすごく簡単なように思った方もいるでしょうが、現場になると1文がもうちょっと長くなっていたり、難しい言葉が使われたりしているのです。
そうなると、このような抽象化作業を忘れてしまい、具体例を具体例として理解しようとしてしまうのです。
よって、記憶すべきことが膨大になってしまい、頭の中がパンクという状態になるのです。
ちなみに、上のように具体例のように、複数の例が出されることはすごく稀です。
仮に、具体例が1つしかないとしたら、主語と述語に出ているイメージしやすい単語を、解釈の幅が広い単語に置き換えるようにしてみてください。
りんご→果物
バス→乗り物
といったように。もちろんりんごが必ず果物に抽象化されるとは限りませんが、それは文章から適宜読み取るしかないです。
主語と述語の共通項を見い出せ
主語と述語の解釈の幅を広げよ
抽象概念を捉える授業とは
ここで一つ提案があります。現代文の授業をしていると、次のような指導を聞いたことが、あるいは、したことがあるのではないでしょうか?
「具体例の段落は斬り捨てよ」
私自身、駆け出しのころはそのような指導をしていました。しかし、よくよく考えてみればこれが誤りであることがわかります。
そもそも具体例というのは、主張する抽象的な内容が理解されにくいから提示されているものなのです。みなさんが抽象概念をすぐに理解できるのであれば必要ありません。
しかし、普通であれば、主張の内容は大変難しいものなので、まずは具体例でイメージを持ってもらい、それを要約(抽象化)する形で、最後に主張をドンっと持ってくる手法が取られるのです。
具体例は要約には必要はありませんが、文章を理解するのには不可欠です。必ず読んでください。
そしてその具体例の段落を徹底して分析してみるのです。
「ここは具体例だから要約しなくていい(読まなくていい)」
というのではなく、その具体例からどのような抽象化が可能なのかを練習してみてください。
抽象化ができるようになってくると、今度は文章の導入を呼んだだけで、文章の結論が読み取れるようになるのです。
あえて具体例を要約せよ
具体例について
具体例はたしかにわかりやすいです。何かを説明するときに具体例を用いるとすごく印象に残ります。
しかし、具体例とは同時に、情報量が膨大であるということも忘れてはならないことです。
具体例を豊富に混ぜ込んだ演説は、そのときはすごくわかりやすいと思うかもしれませんが、後々それを思い出そうとするとすごく難しいものです。むしろ、具体例を忘れてしまい、印象に残りにくいはずの抽象的な主張が残っていたりします。これは情報量の差に起因します。
けれども、抽象的な主張をきちんと相手に伝えることができれば、後は本人が自分で新しい具体例を作り出せるのです。執筆者はそれを狙っています。
最後に残るものは抽象的なものしかない。けれどもそれを理解するためには、具体例をきちんと受け止めることです。
そうすれば、きっと現代文の理解がより深まることでしょう。
運営部おすすめ記事