【塾講師対象】あるミュージシャンの教え・1 ~生徒のスランプからの脱出方法~
音楽と勉強と指導と。
私は趣味で、いわゆる軽音楽をやっています。そして長く楽器を演奏していく中で何度壁にぶつかり、やめてしまおうかと思ったかわかりません。しかしそうした中で私の支えになってくれたのは、数多くの偉大なミュージシャンの言葉や考え方、目指した世界といったものでした。
そして今、こうしたミュージシャンたちの考え方というのは、決して音楽の世界だけでなくさまざまな物事にも示唆するところがあると考えています。勉強に行き詰まり何度も投げ出したいと思いながらもここまで続けることができたのは、偉大なミュージシャンたちの言葉や考え方というものに支えられたからでした。だからこそこの記事では、生徒の受験勉強の指南役として、生徒をより高みに連れて行くためのヒントとなるようなものを、音楽における指南役である偉大なミュージシャンたちの言葉や考え方というのを紡いでいくなかで紹介できたらと思います。
Jimi Hendrixの教え
私の尊敬するミュージシャンの一人に、ジミ・ヘンドリックス (Jimi Hendrix, 1942-1970) というギタリストがいます。名前だけでも聞いたことがある人は多いかもしれませんが、やはりそれだけ偉大なミュージシャンだと私は思っております。
彼は1960年代後半に活躍したギタリストです。1970年に27歳で急逝するまで、活動期間はおよそ4年程度しかなかったのですが、彼が音楽の世界に与えた影響力は計り知れません。エレキギターという楽器の可能性を最大限に引き出し、ブルースやソウルという伝統的な音楽のフォーマットに則しつつも全く新しい音楽の方向性を打ち出したことから、天才ミュージシャンとして現在でも絶大な影響を持ちます。
彼が天才たる由縁は新しい音楽の方向性を提示したにとどまらず、その即興演奏能力の高さにありました。即興演奏とは、楽譜などによらずにその場で音楽を即興で作曲または編曲しながら演奏することです。しかし即興演奏といっても、多くの演奏者はよく使われるメロディや自分の好きな指使いで奏でられるメロディといった、いわば事前に用意されたメロディを何個もストックとして用意しておき、それらを組み合わせるという形で即興演奏をするのが通例です。
「その瞬間に頭の中で鳴った(聞こえた)フレーズをギターで弾く」
しかしジミの天才性というのは、こうした事前に用意されたものを組み合わせることを通じて即興演奏を組み立てなかった点にあります。
彼のライブ盤を聞いていたりして感じるのは、一つとして完璧に同じ演奏がないということです。そしてそれは会場の熱気であったり、彼の気分であったりをまざまざと伝えてくれるような表現力に富んでいます。素人耳に聞いても、同時代の他の有名なギタリストとは確かに違った個性というものを感じられます。
その理由は、「その瞬間に頭の中で鳴った(聞こえた)フレーズをギターで弾く」というところにありました。事前に組み立てるのではなく、その場の雰囲気や気分に応じて表現していく、そうした手法が彼を天才たらしめるのでした。
「頭打ち」と「ブレイクスルー」
私の恩師は昔、生徒の学力は必ず頭打ちになる瞬間があるということを言っていました。そしてその停滞状況を打破するには何らかのブレイクスルーを起こさなければならないということも言っていました。そして確かにそうした頭打ちになる瞬間というのは必ずあると、私が教師をしていても感じます。そのためのブレイクスルーは勉強法なのか、それとも思考方法なのか、人それぞれで変わるとは思いますが。
しかし私が経験的に感じ取ることができたのは、多くの中位から上位層の生徒が伸び悩む理由として、自分の知っているパターンや解法を当てはめて問題を解こうとしてしまう点があると思います。これは基本問題の段階では大丈夫なのですが、少しひねられた応用問題となると歯が立たなくなってしまいます。
例えば数学。ある公式を覚えて、基本問題のパターンがだいたい覚えられたら、だいたい中位層もしくは上位層の成績が取れると言えるでしょう。しかし彼らの成績がそれ以上に伸びない理由として、複数のパターンが組み合わさったような、いわゆる応用問題においてもそれを一つのパターンとしてしか認識できず、そして間違えたのであればそれ全体をパターンとして暗記すればよいと考えてしまう点があると思います。つまり、基本問題と応用問題の解き方が一緒であると考えてしまう点に成績が伸び悩む原因があるのです。
中級者の壁
思えば音楽で即興演奏をやっていても、最初にぶつかる壁はこの点でした。
ある程度さまざまな曲を演奏することができるようになったのであれば、それはすでにある程度は音楽が演奏できるといえます。しかしジャズなどでは、即興演奏を取らなくてはならない場合が多くあります。こうした即興演奏の素養のない中調子に乗ってジャズの演奏に参加し、いざ自分の即興演奏の順番が来たとき、私はどのようにすれば良いか検討をつかなくなってしまい、自分の今まで練習してきた曲やよく弾かれる定番なリズムをいかに組み合わせるか、という点に専心してしまいました。そしてそのような方法をとっていては曲全体の雰囲気を演出することもできず、自分のやろうとしていることとやれることの間に落っこちてしまい、さてなにがなんやらといっているうちに演奏全体を壊してしまうような苦い体験をしました。自分の持っている解法やパターンのみで解決しようとしていたのでした。
こうしたいわば中級者が陥りやすい壁を打破するためには、ジミの「その瞬間に頭の中で鳴った(聞こえた)フレーズをギターで弾く」という考え方は非常に有用だと思います。自分の知っているものを組み合わせる、用意してきたものをいかに使うか、というのではなく、その場でひらめいた自分の考え方や直感というものをいかに表現するか。このようにマインドセットを転換させ練習や勉強を通じてできるようになることで、より高みへと到達することが出来ると考えます。
もちろん、この考え方は「頭の中で鳴ったフレーズを弾ける」ということが前提にあります。そしてそのためには基礎基本を身につけることが重要であるということは、今一度注意しておきたいと思います。
指導への応用
しかし、いざ生徒に実践させるとなると大変難しいです。そこで、私が実践している方法を紹介したいと思います。
問題解決に際して、まず、生徒に自分の知っているものでどこまで辿りつくことができるか、ということを考えさせることが第一ステップになると考えます。そしてどこまでが理解できて、どこまでが理解できないのか、ということがわかったならば、ではなぜわからないのか、ということをいかなる形であれ言語化させる必要があると思います。これが第二ステップになります。
このわからないことについてなぜわからないのか、ということを考えさせるのは非常に重要だと私は思います。自分が解決できない点について考えるということをやらず、解決方法をパターンとして暗記してしまうこと、それこそが中位層の成績を頭打ちにしてしまう考え方であるため、こうした習慣を続けさせないためにも、なんとしてもこのプロセスに時間をとってください。
そして最後に課題が見えたのであれば、間違っても良いので自由な発想であったりこうやったら解決出来そうだ、という方法を考えさせてください。きっと講師がびっくりするようなアイディアを出してくれますが、一旦その解決方法を取らせて、失敗させるまでやらせたほうがよいと思います。そしてそこから補助しながら、必ず生徒の力で答えまでいたらせるようにしてください。
こう考えると、中位層にブレイクスルーを起こさせるためには、従来のようなパターンを暗記させるために大量に問題を解かせるという勉強方法はあまりおすすめできません。良質な問題、すなわち「生徒が上述のプロセスをきちんと踏むことができる問題」を何問か限定して、時間をかけて解いていくことが必要になると思います。
おわりに
私の成績が伸び悩んだとき、そして楽器の成長が見込めず悩んでいたとき、このジミの「その瞬間に頭の中で鳴った(聞こえた)フレーズをギターで弾く」という考え方は、希望の光のように思えました。ある段階を越えたら、そこから先は自分の頭で考え自分の内側から湧き出るインスピレーションこそが導いてくれる、ということを教えてくれました。
こうした彼の考え方が、みなさまの指導のヒントとなったならば私としても幸いです。