ips細胞もSTAP細胞も生物界の常識を覆すものだった
ips細胞とSTAP細胞を理解する意義
今回は時事問題を取りあげます。
去年は細胞が流行っていたわけですが、これは高校入試の時事問題として、あるいは2次試験の面接において使用される可能性は十分に高いです。大学入試ではAO入試の小論文において取り上げられる可能性は高いです。
医療としてはその意義について考える必要はあるでしょうし、STAP細胞が関われば科学のあり方について、さらには知的財産権について考えることになります。
今回の記事ではips細胞とSTAP細胞がそもそも何なのかについて解説していきたいと思います。
ips細胞は何がすごいの?
この細胞のすごさを語るためには、まずは生命の成り立ちについて解説する必要があります。
生命が誕生するためにはオスとメスの性行為による受精卵の成立が大前提です。
実は、この受精卵がかなりすごいものなのです。
今の人間はいろんな細胞によって成立しています。
肝臓用の細胞があれば胃腸用の細胞もあれば、筋肉用、歯用もあります。
そして筋肉の細胞は歯の細胞になることはできませんし、肝臓の細胞が筋肉になることもありません。
ではこれらの細胞はどのようにして成立したのでしょうか?
その起源は受精卵にさかのぼります。
受精卵のころは本当に「たったひとつ」の細胞であって、そこにはまだ筋肉用だとか肝臓用だとかの細胞はまだありません。
しかし受精卵が成立してしばらくすると、細胞分裂を起こします。 すると下の画像の、1番のようになります。
1番は桑実胚と呼ばれています。
この段階は、とりあえず分裂を繰り返す段階です。とにかくとにかく分裂を繰り返して、数を増やし、これからの○○用の細胞を準備します。
時間が経つと2番のようになり、しばらくすると、三胚葉期になります。
三胚葉期とは2番の外枠にある分裂した細胞たちが、外側、中側、内側の3階層に分かれる時期です。そうですね、イメージするとしたら、体の上部になる細胞、中部になる細胞、下部になる細胞と、おおまかに3つにカテゴリー化されるというところでしょう(実際はまったく違うカテゴリーです)。
してこんどは器官形成期に入り、カテゴリーされた細胞たちが、もっと具体的になります。血管になったり皮膚になったり、肺になったり足になったりします。
つまり、桑実胚のときはまだなんの名称(「あなたはこれから○○器官になりなさい」という指令)を与えられていない細胞なのです。この状態の細胞のことを万能細胞と呼びます。
さて、話は変わって大人の体の話へ。
人間の細胞は壊れると代わりが欲しくなるときがあります。骨やら網膜やらが壊れたらそれを修復するために、代わりが欲しいものです。しかし、骨やら網膜やらの細胞を使うことは難しいのです。
けれども先ほどの生命の成り立ちを考えると、こういうアイデアがでてきます。
「受精卵を使って骨とか網膜を修復すればよいのではないか?」
つまり、まだ名前が与えられていない細胞を用いて体を修理しようというのです。
これがES細胞です。
もちろん実際に用いようとすれば、人の生命が誕生するはずであった受精卵を犠牲にすることになってしまいますので、先進国はこの研究を制限しました。
しかし、話はまだ続きます。
先の生命誕生の話に戻りますが、一度名称を与えられると、細胞たちは名前を捨てることができません。
筋肉の役割を与えられたらいつまでも筋肉になっていなければなりませんし、脂肪の役割を与えられたらいつまでも脂肪になっていなければならないのです。ムキムキの筋肉ががぷよぷよしている脂肪になったりすることはありません。
そして、筋肉が最初の名前を持たない細胞に戻ることも許されません。
これは常識とされていました。そりゃそうです。仮に、人間の細胞1つを受精卵に戻すことができるとしますよ?
受精卵一つからいろんな細胞が生まれてくるのに、その1つの細胞を受精卵に戻したら、またその受精卵からいろんな細胞が生まれてくるのです。なんか、人間がアメーバになった気分じゃないですか。いえ、それよりももっとすごいでしょう。
1人の人間は幾億もの細胞を持っていますが、それら1つ1つが人間を形成する受精卵に戻る可能性があるなんて…信じられないです。
もちろん生物界はこういうことを考えもしませんでした。
しかし、
ジョン・ガードン名誉教授⁽2012年度ノーベル生理学・医学賞をを共同授賞を山中伸弥教授と共同受賞⁾がカエルの研究をしているときに、カエルの細胞が受精卵のようになることを発見したのです。
常識が崩壊しました。
私たち人間の細胞は、受精卵にもどり、そして新しい人間になる可能性を秘めているということになるのです。
それからというもの各地で研究が続けられ、ついに京都大学の山中伸弥教授がips細胞を作りました。
成熟した細胞を受精卵に戻す方法を実証しました。
ここで用いられるツールが山中ファクターという4つの遺伝情報です。この方法を用いて作り出される万能細胞をips細胞と呼びます。
そしてこの山中ファクターを用いずとも、細胞にエイっと刺激を与えるだけで万能細胞になると主張されたのがSTAP細胞なのです。
【STAP細胞は何が問題だった?】
STAP細胞はips細胞以上にすごい細胞とは言われていましたが、それは結局嘘だということになりました。
これがなぜ問題になったのかというとを説明します。
前提に、小保方晴子さんが論文を剽窃したということがあります。
剽窃というのは、他人の論文を自分のものかのようにして引用し、論文に執筆することです。さて大学生がやってしまいがちな行為(絶対やってはだめですが)がその論文にあったのにも関わらず、ネイチャー(世界的に有名な科学論文雑誌)が一旦取り上げてしまったこと、理化学研究所がそれを支援し続けたことがあり、実験が継続していたのです。
陰謀論がいろいろと出回ってはいますが、本当に重要な論点は剽窃であって、STAP細胞があるかどうかではないのです。
ips細胞の実用化
さて、話をips細胞に戻しましょう。2014年9月にips細胞が臨床手術で用いられました。
手術の対象は目の難病「滲出(しんしゅつ)型加齢黄斑変性」で、70代の女性患者本人から網膜細胞を作製し移植を行った。
術後の経過は良好といい、がん化のリスクなどiPS細胞技術の有効性、安全性の検証を慎重に進めてもらいたい。
網膜の病気が初の臨床研究の対象になったのは、がんができにくいという目の特性がある。
高橋政代プロジェクトリーダーは、移植した細胞に腫瘍が発症する可能性は低いとの認識を示しており、今後の経過観察で実際に裏付けられれば、他の疾患も視野に人への応用に道を開く「突破口」となろう。
iPS細胞の研究は網膜のほか、パーキンソン病、脊髄損傷、臓器再生、心不全など多岐にわたる。
さらに患者の細胞を使い病態を再現することが可能なため、創薬過程での安全性評価への活用も期待されている。
最先端の再生医療の実現を通じて、新薬開発など新たな産業の創出にもつながろう。 出典:カナロコ http://www.kanaloco.jp/article/77926/cms_id/102492
人間の細胞をなんでも作れちゃうってわけですからね。
人間の体のどこかの部分を故障しても、”どこからか部品を調達して修理するかのように”すぐに治療が可能となるのです。
ips細胞の問題点
ips細胞は素晴らしい細胞ですが、やはり問題点は指摘されています。
がんです。
がん細胞がどうして発生するのかはまだよくわかっていないらしいのですが、がんの性質を持つ細胞(がんの原因と疑われている細胞)があります。
その1つが、山中ファクターとして使われているらしいのです。
がんというのは、単なる病気とは少し異なります。
人間には色んな細胞の集まりで構成されており、一部の細胞が壊れたらそこを修復しようとして増殖することがあります。
もちろんその増殖した細胞はそれなりの機能を持つわけで、人間の健康に一役買います。
がん細胞とは、役に立たない癖に勝手に増え続けるとんでもない細胞です。
正常な細胞が増殖しようとしたらがん細胞が邪魔してどんどん増える感じです(イメージでいえば、ぷよぷよでいうおじゃまぷよみたいな感じですね。
できればきれいな色のついたぷよで揃えたいのに、おじゃまぷよがどんどん増えていくイメージです)。
では、がん細胞ってどうやってできるのか?という疑問が浮かぶと思いますが、基本的に細胞の遺伝子が傷ついたときにそれが誕生します。
ips細胞に含まれている山中ファクターは人工的な細胞であるからこそ、「傷」を生み出す可能性があるんじゃないかと言われているのです。
一応そのリスクは大きく軽減されてはいるのですが、やはり医学の世界ですから、リスクが少しでもあると問題として指摘されるようです。
あと個人的に思ったことがひとつあります。
私が執筆した記事「塾講師の教養のためにー身体性」にもありますが、身体がまるで道具のようになっている感じが、妙に問題と思えてしまいます。
私たちの身体の持つ自然治癒力を上回る治癒力を人間が手にすれば、その自然治癒力も用済みになってしまうのではないのかなと。
人間が生物として培ってきたものが、科学に打ち勝てなくなった瞬間とも言えるかもしれません。
これは明らかに問題と言うことはできませんが、人間の身体が、軽視されるきっかけになるのではないかなと思っています。
そう思いませんか?
「あ、腕壊れた。新しい腕作るか」
究極的にはこんなことも可能なのですから。