【学習塾経営者必見】最低賃金1,000円の時代が到来すると学習塾はどうなってしまうのか
2015年11月24日、安倍総理は、総理大臣官邸で経済財政諮問会議を開催しました。安倍総理は会議終了後、議論内容を踏まえ、最低賃金について「年率3%を目安に引き上げ続けること」「将来的には全国加重平均が1,000円となることを目指す」趣旨の内容を話しました。
2015年10月中に各地で順次発効となった最低賃金の改定額は、全国加重平均は昨年度から18円引き上げの798円となり、2002年度に現在の決定方法になって以来最大の引き上げ幅となりました。
そこで今回の記事では、予想されている継続した最低賃金の引き上げは本当に起こるのか、もし最低賃金の引き上げが続くとどんな社会が到来し、学習塾経営にはどのような影響を及ぼすかということについて述べようと思います。
1.引き上げが続く最低賃金額の改定
最低賃金の改定では2000年以降毎年上昇傾向が続いており、特に2007年度の改定以降はその伸び幅が大きくなっています。
今回の改定では当初の労働組合側の引き上げ要求額は50円であり、結果的に全国加重平均の引き上げ額も18円と過去最大となりました。
全国で最低賃金が最も高い東京都では今回の改訂を経て907円となり、ついに1,000円の大台も見えています。
首相官邸HP(http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/actions/201511/24keizai_shimon_kaigi.html)
厚生労働省HP「地域別最低賃金の全国一覧」(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/minimumichiran/)
をもとにトモノカイにて作成。
2.最低賃金の変化が及ぼす影響を語るうえで欠かせない3つの指標
最低賃金の変化が今後も上昇傾向を続けるのか、また上昇するとしたらそのときどんな社会が到来し、学習塾経営にどんな影響を及ぼすかを語るうえで欠かせない3つの指標があります。それは、
①生活保護給付世帯数(及び給付人数)
②失業率
③生産年齢人口比率の変化
です。
まずは、それぞれの数字の意味とその近年の傾向を見ていくことにします。
2-1生活保護給付世帯数(及び給付人数)
生活保護を受け取った世帯数と人数は、近年過去最高水準を更新し続けてきたましたが、その増加率は実はここ数年減少傾向にあります。数字の伸びは頭打ちとなっており、今後減少していくことが予想されます。実は生活保護給付世帯(人数)は最低賃金の推移と大きく関連があるのです。
最低賃金で労働した場合の収入が生活保護の受給水準を下回ってしまうと、労働へのインセンティブが失われ、生活保護受給者が増加するという関係性があります。反対に、最低賃金での労働が生活保護の受給水準より高い状態を担保できれば、労働へのインセンティブは高まります。
厚生労働省は今年7月15日の中央最低賃金審議会の小委員会で、最低賃金で働いた場合の収入が生活保護の受給水準を下回る「逆転現象」が解消されたとの調査結果を示しました。これは2014年度の最低賃金の改定を受けてのものでした。
参照:2015年7月15日産経ニュース(http://www.sankei.com/economy/news/150715/ecn1507150043-n1.html)
2-2失業率
最低賃金が上昇すれば企業(特に中小企業)は新しく労働者を雇用することに対してハードルが高くなってしまいます。したがって、失業率が高い状態では最低賃金を上昇させると失業者問題に益々拍車をかけてしまうことになるので、最低賃金は引き上げにくい状態となります。失業率は2012年度をピークに以降減少傾向が続いています。
厚生労働省HPよりトモノカイにて作成
2-3生産労働人口比率
生産労働人口比率とは全人口に占める15歳~64歳の人口比率です。この世帯が日本の労働力の中心であり、高齢世代の社会保障費などを支えることとなります。生産労働人口比率が低くなれば、財政面でのバランスが崩れるだけでなく、総労働需要に対しての労働供給量も少なくなり、また結果として国内全体の総消費額も少なくなります。生産労働人口比率の減少は
デフレの原因と1つといわれています。
参照:
「2030年の『働く』を考える」国内人口推移が2030年の「働く」にどのような影響を及ぼすか(http://www.recruit-ms.co.jp/research/2030/report/trend1.html)
3.最低賃金の上昇が学習塾経営に及ぼす直接的影響
今回の最低賃金の改定で学習塾経営にどんな影響が出るのでしょうか。結論から言えば、講師獲得のためには時給を上げざるを得ないという状況になる可能性が高いです。
最低賃金の改定でまず最初に影響が出るのは、当然のことながら最低賃金ギリギリに時給を設定しているアルバイトです。例えばコンビニエンスストアの高校生の昼間の時給、スーパーのレジの高校生の昼間の時給などがあります。しかしこの時給を改訂した際、相対的に同じ店舗の大学生以上の時給や夜間シフトの時給などとのバランスをとるために、そちらも同率賃上げをせざるを得ない状況となるでしょう。
そうなると求職者目線では一段上の給与水準の仕事の昼間の時給と、夜間の時給との比較をすることになります。例えば居酒屋の深夜の時給と学習塾の時給(コマ給を時給換算)では、実はそれほど差がないケースが多いのです。ここで居酒屋の深夜の時給が先の説明の通り引き上がれば、学習塾講師の時給の魅力度というのは相対的に低くなり、労働力獲得競争に負けてしまうことになります。
こういった背景を考慮しつつ、周囲の求人情報に目を配りながら慎重に時給設定の判断を下さなければいけません。
4.この先は最低賃金は上昇し続ける社会に
先ほどの段落では、失業率と最低賃金は生活保護給付人数を媒介してトレードオフの関係にあることを述べた、しかしそれは、労働市場において労働力が飽和した状態(仕事が足りない状態)か、それに近い状態で初めてトレードオフの関係となります。
生産労働人口比率の減少が続いていく社会では、まず労働者が減少します。この時、全体の人口減少比率よりも生産労働人口比率の減少の方が大きいと、消費の減少よりも労働力の減少の方が大きいということになります。この状態で労働力が飽和することはなく、政府としては失業率の増加を気にすることなく最低賃金を引き上げ続け、生活保護給付者を減らす政策をとることができます。生産労働人口比率が減少していく社会では社会保障費をいかに減らすかということが課題となるはずなので、このような政策がとられる可能性は高いと想定できます。
安倍総理の言う最低賃金1,000円社会は、生産労働人口比率という、この先数十年変更することが不可能な変数を端として実現する可能性が高いと言えます。
5.地方よりも東京の学習塾の経営が危ない
最低賃金が上昇し続けた未来社会では、学習塾経営にどのような影響が出るのでしょうか。
ここでもう一つ注目したいのは、出生率(合計特殊出生率)です。
参照:
総務省「我が国の労働力人口における課題」(http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h26/html/nc141210.html)
一般に日本では都市部ほど出生率が低く、地方ほど出生率は高いです。出生率が低いということは2つの重要な影響を及ぼします。1つ目は学習塾の生徒数の減少です。この先も都市部では子どもの数は減少し続けることが予測されます。生徒の獲得はますます難しくなることでしょう。2つ目は生産労働人口比率への影響です。出生率が低ければ、生産労働人口比率も比例して減少し続けることになります。先にあげた説明で言えば、生産労働人口比率が減少すればするほど、失業率も減り、最低賃金もより大きな上げ幅で上昇しやすくなります。この状態では生徒数(経営的観点で収入)が減るだけではなく、講師の獲得も困難となり、講師人件費や講師獲得費用も増加していくことと考えられます。そしてこの傾向は、2つの理由から都市圏でより顕著に表れることが考えられます。1つ目は出生率の違いです。都市部圏の方が圧倒的に出生率が低いため、子供不足・労働力不足の状態になりやすいと考えられます。2つ目は学習塾市場の飽和度です。中学受験競争の過熱や、大学進学率の上昇で学習塾の需要が高まり、都市部に多くの学習塾が作られました。しかし子供は減少し、2015年度大学入試では大学進学者数が減少に転じました。
以上のことから、まとめると、最低賃金が上昇し続けると(その上昇の背景が二重に問題を呼びおこし)地方よりも都市圏の学習塾の方が経営状況が危機的になると考えられます。
6.編集後記
さて、いかがでしたでしょうか。最低賃金が全国平均で1,000円になると、東京都の最低賃金は1,100円~1,200円が現実的な数字かと思います。人財獲得コストの上昇も考慮に入れると、背筋が凍ってしまうような話です。
しかし、5年後、10年後の人口分布というのは、もう決まってしまっています(今すぐ出生率が劇的に改善しても尚、厳しい)。したがって、上昇幅は多少ずれるにしても本記事でお伝えしたメカニズムに近い現象は十分起こり得ます。
そうなったとき、「お客さん(生徒)に選ばれる塾、講師に選ばれる塾とは何か?」を考えると、その答えは「価値提供にコミットできているか」ということだと思います。その塾でどんな先生に出会えるのか、働くことでどんなやりがいを得られるのかなど、生徒や講師の目線に立って経営課題に向きあわなければいけないということは、言うまでもないことでしょう。