塾業界の今を探る塾業界レポートvol.2「塾業界の真相~ブラック批判について~」
「塾業界の真相~ブラック批判について~」
講師の皆様こんにちは!
人材教育コンサルタントの上田一輝です。
数回にわたり業界全体の動向を考えていく「塾業界レポート」。
「正社員としての就職で、塾業界はアリなのか?」と考えている方
既に塾業界で働いているが、将来が描けず転職や離職などを検討している方
経営層として業界全体に課題意識をお持ちの方といった方を対象に、連載しております。
さて、今回は「塾業界の真相~ブラック批判について~」と題し、一時期かなり話題となった“塾業界はブラック企業しか無いのではないか?”という点について、客観的な情報から真相を探ってまいります。
(参考)前回の記事 塾業界レポートvol.1「塾業界の現状と課題」
http://www.juku.st/info/entry/1705
1、 塾業界に漂う“悪い口コミ”
最初に「塾業界に対する風当たりはいつから強くなったのか?」確認しておきましょう。
ブラック批判で必ずと言っていいほど出てくる、授業外時間に給与が支払われない…という問題。
実はこの問題は、最近はじまった話ではありません。
コマ給制度(労働時間ではなく、授業時間で給与管理を行う)や予習時間が給与に含まれない等は、“ブラック批判”される前から慣例としてあったのです。
それにも関わらず、いきなりマスコミに取り沙汰されるようになったのはなぜでしょうか。
「塾業界全体がブラックではないか」という声が高まったのは、2015年3月末のこと。
厚生労働省は「学習塾の講師に係る労働時間の適正な把握、賃金の適正な支払等について(要請)」と題する改善要請を全国学習塾協会や私塾協同組合連合会など関係7団体に送りました。
(参考)改善要請の全文
http://kobetsu-union.com/article/20150327kourousyou
これは国として、塾業界全体(特にアルバイト)の労働状況を鑑み、業界全体で改善に取り組むよう求めたものです。
さらに同年7月には実態調査にも乗り出しました。
残念ながら、要請だけでは状況が改善していない…と国が考えたためです。
(出典:朝日新聞デジタル)
http://www.asahi.com/articles/ASH7G4RLPH7GULFA00W.html
国の動きをきっかけに、マスメディアによって「塾講師はブラックバイトらしい」という報道がなされました。
さらに今まで沈黙していた講師が、Twitterや大型掲示板などを通して、塾業界の暗部を情報発信するようになります。
結果として「塾業界は良くない業界だ」という声が一気に広まることになったのです。
なお、よく取り沙汰されるのは非常勤講師ですが、働き方の問題は正社員にもありました。
特に長時間労働が常態化していることについては、度々問題になってきました。
以下に実際の声を2つほど、挙げておきます。
早出も残業もします。しかも塾講師はコマ給のところが多いので、早出をしても残業をしても給料は出ません。実際私の場合は、30分前には塾に到着し、生徒の確認や授業の予習をしたりします。…(中略)…コマとコマの間の時間は休憩とはなっていますが、これは生徒の休憩であって、講師の休憩はありません。次の生徒の確認や引継ぎをしなければいけないからです。
(出典:http://suga0311.hatenablog.jp/entry/2016/02/17/150958)
普段は、だいたい11時頃の出勤で下準備や保護者面談、研修や会議を行います。実際に授業が始まるのは16時頃からです。授業の終了は22時過ぎ。そこから片付けや報告などを行い、終了は23時を過ぎます。基本的に12時間労働です。昼食時間も約10分。とにかく企画・営業・販売すべてをこなす業務になります。夜の会議がある時は日付が変わることもしばしばですね。
ここまで過酷なスケジュールを日々こなしても、残業代は出ません。
(出典:http://sigotoniikitakunai.com/?p=4944)
2、経営学の観点から、業界を考える
では、どうして業界全体としてこのような問題を抱えることになったのでしょうか。
今回は「5-force分析」を用いて、経営学の観点から業界構造を分析し、業界の競争度を考えてみます。
(参考)ファイブフォース分析とは?
ファイブフォース分析(ファイブフォースぶんせき)とは、業界の収益性を決める5つの競争要因から、業界の構造分析をおこなう手法。競争が激しいと、一般に業界の収益性は低下する。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%96%
E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%B9%E5%88%86%E6%9E%90
出典:「競争の戦略」M.E.ポーター著 ダイヤモンド社(1982)より筆者作成
- 買い手の交渉力:中程度
・顧客は個人であり、サービスの購入ニーズは強いケースが多い。
・製品/サービスの差別化は一部塾ブランドで出来ているが、多くの個別指導塾では
差別化が十分に行われていない
・切り替えコスト(切り替えるのにかかる手間や費用)は学習効果から考えれば大きく、
あまり切り替えは起こらない。また、切り替えが起こるタイミングはほぼ決まっている。
- 代替品の脅威:強い
・代替品として、インターネットを活用したサービスが急成長を遂げている。
・進研ゼミに代表される添削講座や、家庭教師派遣なども考えると、代替品は数多く存在する
- 売り手の交渉力:中程度
・教材業界は寡占がすすみつつあるが、既に教材を自社開発している企業も多く、影響は限定的。
・ただし非常勤講師人材のひっ迫は業界全体の課題であり、人材不足が続いている。
講師がいなければ売上そのものが成り立たない。
- 新規参入者:強い
・固定費が少なく、初期投資も少ないため、新規参入が非常に行いやすい。
・フランチャイズ展開も盛んに行われており、当面は新規参入が続くと思われる。
- 業界内の敵対関係の強さ:強い
・成長は止まりつつあり、業界内の顧客獲得競争が激しさを増している
・業界規制等もないため、ターミナル駅前には塾が連なる状況が続いている
・スイッチングコストが高いため、新規顧客を取るべく、マーケティング競争が激しくなっている
以上の分析から「競争要因が比較的多く、収益性が下がりやすい」業界であることがご理解いただけたと思います。
この状況は1社で変えることは極めて厳しく、結果として「他もやっているから…」という理由で、法令違反スレスレの雇用形態がまかり通ってしまっている可能性は否めないでしょう。
また、収益構造を考えると、最もコストが高い部分が講師人件費。
事実、上場会社であり、情報公開を積極的に行っている「市進」を例に取ると、
人件費が売上の55.1%を占めることがわかります。
(出典:http://ir.ichishin.co.jp/ir/pdf/160511.pdf)
言い換えると、「人件費を圧縮することが利益に直結する業界」と言えます。
そのため、少子高齢化で売上が伸びない分の補填を、人件費を下げることで対応する会社が増えていきました。
さらに個別指導塾が乱立した結果、授業料の低価格化が進行。
講師の報酬も上がらず、10年前と比べて塾講師バイトの魅力が低下しています。
結果、現場の人手不足が加速し、誰もが休めず疲弊する…という悪循環が起こっているのが実情です。
3、安い給与・高い離職率?
続いて、正社員の報酬・離職率を見ていきましょう。
塾講師の平均値は調査により多少ばらつきはありますが、概ね以下のとおりとなります。
年収:373万
年齢:35.5歳
勤続年数:7.3年
(出典:http://nensyu-labo.com/syokugyou_jyuku_kousi.htm)
いかがでしょうか。
この数値だけを見れば、決して悪い数値とは言えないと感じる方もいらっしゃるかと思います。
よく「塾業界は給与が安い」と言われますが、働いている方の多くは20~30代で、勤続年数が10年未満であることを踏まえると、妥当な数値といえます。
また、管理職になれば手当がつくことも多く、高給取りとは言えなくても、生活が出来ないほど厳しい…という声はほとんど聞こえてきません。
実は、問題の本質は「離職率」にあります。
産業別では、「宿泊業・飲食サービス業」53.2%、「生活関連サービス業・娯楽業」48.2%、「教育・学習支援業」47.6%、「サービス業(他に分類されないもの)」39.1%、「小売業」38.5%と、各種サービス業を中心に大卒後3年以内の離職率が高かった。
(出典:https://at-jinji.jp/blog/1499/)
塾業界は極めて高い離職率が課題となっています。
なぜなら、離職率が高いことは授業のクオリティが下がるといった実務上の問題ばかりでなく、「管理に精通した人材」が育たず、結果として“意図せず”労働基準法違反を引き起こしてしまうことにも繋がります。
そのため、前述したような状況を招いてしまっている…ともいえるでしょう。
4、離職率が上がる原因は?
では、どうして離職率が上がってしまうのでしょうか。
その理由は大きく分けると2点あります。
サービス残業が常態化している企業がある
「生徒のために」を理由に
・サービス残業を強制させる(研修やテスト作成などを強制する)
・労働契約にない、営業活動を強制する(塾前でのビラ配りや、ポスティングなど)
こういった企業が存在することは、多数の口コミを見ても明らかです。
正社員であれば営業数値に責任をもつ必要はありますが、労働契約にないことをさせることは違法になります。もちろん、サービス残業は言わずもがなでしょう。
そもそも教育業界に就職する人は、授業を通して生徒の成長を見たい!と思って入社します。
そのため、いきなり営業活動を強制され、ノルマを課せられると「こんなはずじゃなかった…」と思ってしまうのも仕方ないのではないでしょうか。
加えて、「生徒のためならばできることは全てやろう」という“生徒至上主義”という価値観は、多くの企業で見受けられます。
もちろん、それ自体は間違ったことではありませんが、その結果としてサービス残業の強制に繋がってしまっているケースも多数見受けられるのが現実です。
生活リズムが不規則
塾業界は労働時間がとても特殊な業界で、多くの社員は13~14時に出社し、夜遅くまで勤務します。
そのような夜型生活を強いられる業界であることをきちんと認識せず入ると、生活リズムに対する不満が大きくなり、離職に繋がります。
また、受験生を担当すると、休日出勤を強いられ、受験対策のため盆も正月もなく働くケースがほとんどです。
年間休日数を見れば、他の業態と比べて劣っていなかったとしても、周りが休みの日に働くことがストレスになる人にとっては、辛い業界と言えるでしょう。
総論
今回は、あえて塾業界のネガティブな面に焦点をあててきました。
まとめると
ブラック批判を受けたのは2015年。そこから一気にメディアに取り沙汰されるようになった。
業界全体としてサービス残業の問題はある。但し、それは批判がはじまる前から存在する
給与は意外と安くない。問題は高い離職率にあり、その原因は企業文化と生活リズムにある
ということになります。
Vol.3では、塾業界の現状を踏まえた上で、改善の取り組み事例や、塾業界の将来性について論じていく予定です。次号もお楽しみに!