本記事は「塾講師のためのインボイス制度 ~どう立ち向かうか~(前編)」の続編となります。
前編をまだお読みではない方は是非こちらからご覧ください。
こんにちは。プロ講師の黒磯直行です。
黒磯 直行 くろいそ なおゆき
新卒で早稲田アカデミーに入社。営業部門長などを歴任し、その後スクールIEにて個別指導塾の運営マネージャー、Z会進学教室およびZ会東大進学教室にて講師として小中高に渡り幅広く指導を続ける傍ら、私立学校教員としても活躍。講師としてのキャリアは当然のことながら、運営サイドでの実務経験も豊富。20年以上塾業界に身を置いている超ベテラン講師。「社会人としての講師育成が業界には必要だ」との思いのもと、後進育成にも積極的な姿勢で取り組んでいる。
年の瀬も迫って参りましたが、同業者の皆様は冬期講習会の真っ只中のことと思います。私も例外ではなく、今年は延べで50コマほどの講習会授業を担当することになっています。
年の瀬とはいえ、正月気分を味わうこともないのも、この業界の特徴かも知れません。年明け早々には共通テスト、そして早い府県だと1月上旬には中学高校の入試もスタートします。
私も正社員時代は、12月31日仕事終わり⇒1月1日仕事始めというのが常でした。現在は、ある意味節度(?)を持ったスケジューリングができるようになり、そのような事態にはなっていませんが、これも独立し自分の仕事をある程度は自己管理できるようになった賜物であると感じています。
また、我々個人事業主や経営者の方々においては、また確定申告の季節になりますね。私も大量のレシートと請求書の整理に着手したところです。毎年わかってはいるのですが、後回しになってしまいギリギリでバタバタしがちです。今年こそは、計画的に進められるよう準備をしていきましょう。
さて、前回の記事では、インボイス制度の概要と仕組み、また何が実際に起こり得るのかについて、私たち塾・予備校業界にて委託で講師業をしている方に落とし込んだ形でお話して参りました。
今回は、塾・予備校業界で生計を立てていることを前提に、以下についてお話をしていこうと思います。
目次
・結局インボイスは登録した方がいいのか
・節税の方法はあるのか
・インボイストラブルシューティング
・最後に
結局インボイスは登録した方がいいのか~登録しない方がいい人~
前回の記事でも触れていますが、我々講師業で生計を立てている個人事業主は、基本的には登録するのが得策であると私は判断しています。それを前提に記事を進めていきます。
インボイスに登録しない方がいい場合(登録する必要がない場合)
今一度、インボイスに登録することのメリットとデメリットをまとめてみます。
インボイス登録の講師側のメリット
消費税が控除できないことを理由に企業側との取引を打ち切られる可能性が低くなる。
正直、現状でのメリットはこれくらいです。マイナスになるのを防ぐことができるということだけが、無理やりですが、メリットと言えるでしょう。
インボイス登録の講師側のデメリット
消費税を新たに納める必要がある。(益税にできない)
これにより、これまで益税として売上に計上してきた分がマイナスとなり、単純計算で10%の減収となります。
経理計算が煩雑になる
消費税を正しく納めるには、企業から受け取った消費税―業務で必要となった経費の中で支払った消費税を全て細かく洗い出し、計算する必要があります。これをせずに、企業から受け取った消費税を丸々納税したとすれば大きな損となります。
ここで注目したいのは、『企業との取引』におけるメリットとデメリットであるという点です。
つまり、企業を通さずに、個人消費者からのみの売上で成り立っている場合には、これまで通り、顧客から徴収した消費税は益税として売上に算入することができます。売上の相手が個人ということになるので、講師側がインボイスに登録しているかどうかで個人消費者が支払う金額が変わるわけではないからです。
塾・予備校業界において、この「個人消費者を相手にする業態」のパターンとしては、
・家庭教師を個人的に請け負っている
・自分で塾を開いて生徒を集めている
などが当てはまります。つまり、個人から直接「月謝」などの名目で売上を得ている業態です。
もし、この業態であるのにインボイスに登録した場合は課税業者となるため、個人から徴収した消費税を納める必要があります。「契約を打ち切られない」というメリットがないのに、デメリットだけを被ることになります。そもそも、この業態の場合にはわざわざインボイスに登録する必要がないのです。免税事業者のまま業務を続けることが絶対にお得です。
一部登録した方がいい場合も⇒売上の取引先が個人消費者と企業の両方存在する場合
しかし、個人消費者からの売上以外に、企業からの売上がある場合には、インボイス登録を検討する必要があります。
例えば、ネット上でブログを開設していて、それに収益が伴う場合や、本やテキストを業者に卸している場合、また、模試やテキスト編纂など、企業案件を両立している場合などがそれに当たります。
この場合、講師側がインボイスに登録した方が、企業側の負担をかけずに済むということになります。
ただ、先述の通り、インボイスに登録すると、個人から得た消費税も同時に納税する必要が出てきます。取引先企業との兼ね合いや収支バランスをしっかりと確認し、登録すべきかどうかを見極める必要があります。
私もそうですが、この記事をご覧の多くの方は、企業が営んでいる塾や予備校の授業を請け負い、その企業から売上(報酬)を得ている、という業態であろうと推測しています。個人で塾経営などをしている場合を除いて、基本的にはインボイスへの登録が必要であると私は思います。
節税の方法はあるのか
国の制度とはいえ、節税をして納税額が少なくなった方がいいのは当然です。違法な脱税は論外ですが、インボイスに登録しメリットを享受しながら納税額を減額できるような方法がないのか、私なら考えてしまいます。
・・・ありました!!!
それが「簡易課税制度」と呼ばれるものです。この制度を利用することで、インボイスに登録しながらも、納税額を抑え、さらに経理計算の軽減もできる可能性があります。
簡易課税制度
平たく言うと、「見込みで納税額を決定しましょう」という制度です。売上から算出される消費税に、「みなし仕入れ率」という割合を掛け算した額を、得た消費税から差し引いた分だけ納めればOKですよ、というものになります。なお、売上が5,000万円を超える場合には、この制度は利用できません。詳細は、国税庁HPの該当ページ(こちらをクリック)をご覧ください。
業種によって控除率は変わるのですが、講師業の場合、「第5種事業」に当たりますので、みなし仕入れ率は50%です。つまり、企業から受け取った消費税のうち、半分を納めるということになります。それでも売上の5%が減ってしまいますので痛手であることには変わりはないのですが、だいぶ負担は軽減できるということになります。
さらに、見込みで半分の控除をしている、つまり、売上の半分は経費として消費税を払うよね、という名目のもとに控除をしていますので、実際に差し引くべき支払い済みの消費税が半分に満たなくても、一律で半分にできます。
前回の記事でも触れていますが、そもそも講師業には仕入れの概念がありません。経費となる旅費交通費や通信費、事務所家賃などの経費が売上の半分を超えないのであれば、この簡易課税制度を利用することは大きなメリットとなります。また、支払った消費税を計算する必要がなくなるので、経理負担も大幅に軽減することができます。
この「簡易課税制度」を利用するには、2023年1月1日から12月31日までの間に「消費税簡易課税制度選択届出書」を所轄の税務署に提出することで、通常は翌年度から適用となる簡易課税制度を、インボイス制度開始である2022年10月1日と同時に適用できます。
簡易課税制度を利用する際の注意点
ご自身の収支を確認する⇒売上の50%以上が経費となっている場合
先述の通り、この制度は「仕入れや経費に関係なく、一律で50%を納めるべき消費税から控除する」というものです。もし、ご自身の経費支出が売上の50%以上になる場合には、この制度を利用せずに通常の計算をした方が納税する消費税額は少なくなります。確定申告書を確認し、収支報告書に記載している経費が売上の何%を占めているかをチェックしてみてください。
一度登録すると、2年間は取りやめることができない
例えば2023年に経費の割合が50%以下の見込みであると判断し、簡易課税制度に登録したが、実際には50%を超えてしまったので取り消したい、などの事情があったとしても、登録から2年は取りやめることができません。登録から2年間は強制的に売上に係る消費税の50%を納税する必要があります。見込みをしっかりと計算し、損のないよう、登録の際には慎重な判断をしてください。
また、一部報道では、消費税の免税事業者(私のように、これまで益税を計上してきた個人事業主などがこれに当たります)が、インボイス制度に登録し課税業者へ切り替えた場合、経過措置として3年間、その間の消費税の納税額を売上税額の20%に抑える措置を、令和5年度税制改革に盛り込む考えがあることが明らかになっています。法案はまだ可決させていませんが、もし実施となれば多くの事業者が簡易課税制度を利用した方がメリットが大きいことになります。今後の動向にも注視していきましょう。
インボイストラブルシューティング
取引先企業から、インボイス登録を強制された
企業側が、我々講師側にインボイスに登録し、課税業者になることを勧めてくる場合があります。このような要請を企業が行うこと自体は、独占禁止法上問題になる行為ではありません。
しかし、課税業者にならなければ報酬を減額する、契約を打ち切る、などと一方的に通告することは、独禁法や下請法に抵触する可能性があります。
例えば、講師側が報酬額の維持を求めたにも関わらず、減額の理由を書面や電子メールなどで示すことなく報酬額を下げたり契約解除をしたりした場合はこれに当たります。
ただ、これは「一方的に」通告した場合です。交渉の余地を残しての通達や、交渉の後に決裂し、結果として契約の解除につながった場合などはこれに該当しません。やはり、個人事業主は守られた立場ではありません。ご自身も知識防御して対応していく姿勢が大切です。
企業が、報酬に消費税を転嫁してくれない
今回のインボイス制度登録に伴い、消費税分10%を転嫁するように講師側がお願いする場面もあるかと思います。これまで消費税を徴収していなかった講師の皆さんは、ぜひ交渉してください。
これまでは、仮に消費税分の上乗せがなかったとしても、講師側には消費税の納税義務がなかったのであまり問題視する必要がありませんでしたが、もし、据え置きを容認した場合、内税ということになり、その報酬の中からご自身で消費税を納税しなくてはなりません。完全に負担を被ることになりますので、大損になります。
例えば、数字は概算ですが、もしこれまで2000円を報酬として受けていた場合、インボイスに登録したのに報酬を据え置かれた場合、約200円を納税しなくてはなりません。もし、10%転嫁してもらえた場合は、2200円売上となり、その中から200円を納税するので、これまでと変わらない手取りが残ります。上記の簡易課税制度を利用した場合には納税額は100円ということになりますので、逆に100円(5%)の売上UPになります。
これに関しても、もし消費税の転嫁を交渉したにも関わらず、企業側が明示的に協議することなく従来通りに据え置く場合についても、企業側が独禁法や下請法に抵触します。ご自身を守るためにも、毅然とした態度で臨むことをお勧めします。
最後に
前編・後編の2回に渡り、講師業のインボイスについてお話いたしました。
これまで免税業者であった我々フリーランスは、そのまま免税業者を続けると、インボイスを発行できないため、仕事の獲得において登録をした講師と比較して非常に不利な状況に立たされる可能性が高くなります。
不利な状況を受け入れて仕事を獲得していくのか、または、負担を受け入れてインボイスに登録するのか、来年から実施されるこの新しい制度にどのように対応していくのかを検討することが、我々講師業で生計を立てている者にとっては急務となっています。ぜひ、ご自身の仕事の環境と取引企業の出方、また今後のご自身の事業展開の見込みなどを総合的に見て、正しい判断をしていただければ幸いです。
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