化学の面白さを伝えよう!
(前回記事:化学の授業で使える小ネタ集!水の状態・蒸気圧降下・沸騰について)
以前、私が化学の授業で「鉄と水が反応すると鉄の酸化が進んで、発熱反応が起きる。」という説明を行ったときに生徒からこのような質問をされたことがあります。「先生、どうして鉄の酸化で熱が発生するんですか?」このとき、私は「酸化鉄のエネルギーが水と鉄のエネルギーよりも小さいから余った分のエネルギーが外に熱として出てきたんだよ。」と説明しました。すると生徒は「へぇ~」という感じで納得したような感じでしたが、振り返ってみるともう少しうまく授業をやるべきだったと考えています。
化学というのは身近な物質に関する事柄を学ぶことが他の科目に比べて比較的多い科目です。そこで授業を行う際には身近な例をどんどん出していくべきです。鉄と水の反応の発熱反応は冬によく使う「カイロ」に用いられています。さらに、厳密にいえば酸化速度を早めるための塩類、活性炭も市販のカイロの中に含まれており、触媒のお話につなげたい場合にも「カイロ」は効果的な話題です。
ここでカイロについてさらに詳しく説明しておきます。鉄と水の反応と言いましたが、実際は鉄が酸化する(=鉄がさびる)ことによって発熱が起こります。日常生活での鉄がさびる現象ではゆっくりと反応が進むので錆びかけた部分を触っても熱を私たちが感じることはありません。化学反応式は以下のようになります。
実際、この化学式が入試問題で取り上げられたことは今までのところほとんどありません。あくまで興味をもってもらうためのお話であることを忘れないようにしておきましょう。
このように生徒が興味を持ちやすくなる「化学の小ネタ」を紹介していきます。授業でぜひ活用してください。今回は主に高校化学の化学基礎~化学の範囲で紹介していきます。中学生の指導の際には適宜説明を簡単にするなど工夫して取り上げるといいでしょう。
溶解熱
物質が化学変化するとき必ず熱の出入りが行われます。この出入りする熱を反応熱とよびます。反応熱には燃焼熱、生成熱、中和熱、溶解熱の4種類があり、今回はその中の溶解熱について紹介したいと思います。
ここで塾講師として知っておきたい情報を紹介しておきます。実は
物質の溶解は厳密には化学反応と呼べない
ということです。反応熱の定義は「物質が化学変化するときに出入りする熱」です。化学変化とは物質そのものが別の物質に変化することを指します。溶解は混ざっただけですので、極端に言えば「混ざって発生した熱」です。
ではどうして反応熱として溶解熱が含まれているのでしょうか。それは
溶解の過程において、分子やイオン間の結合の切断および溶媒分子としての結合の生成などといった化学変化とみなせる要素を含んでいるから
です。
さて、この溶解の過程における発熱と吸熱について詳しく見ていきたいと思います。主に2つの減少によって熱は発生したり、吸収されます。それは
溶質粒子(イオン)の分散におる熱の吸収
溶質粒子(イオン)の水和による熱の発生
です。例として水酸化ナトリウムの結晶が水に溶ける場合の化学式を用いながら説明していきます。
イオンの分散とは
固体のNaCl(塩化ナトリウム)はナトリウムイオンと塩化物イオンからなるイオン結晶です。この結晶が水に溶解するにはこのイオン結合をすべて切り離してバラバラの構成イオンにしなければいけません。1molのイオン結晶をばらばらのイオンにするのに必要なエネルギーを格子エネルギーと呼びます。難関大入試では説明付きで過去に出題されているので生徒のレベルによっては話題に出すべきでしょう。この格子エネルギーに相当する分だけ熱の吸収が起こります。例えばNaClの格子エネルギーは771kJ/molで、熱化学方程式は以下のようになります。
イオンの水和とは
分散したイオンは直ちにその周りを水分子で囲まれて安定化します。これを水和と呼びます。(溶媒が水でない場合は溶媒和と呼ばれます。) 水和がおこると、イオンと水分子との間に新たに結合が生じ、この結合エネルギーに相当する分だけ発熱が起こります。このとき放出される熱量をそのイオンの水和熱と呼びます。ナトリウムイオン、塩化物イオンが水和するときの熱化学方程式は以下のようになるので、水和熱の和は400 + 367 = 767kJ/mol となります。ちなみに aq とは多量の水を表します。
以上のように、イオンの分散で生じる熱エネルギーの吸収とイオンの水和に伴う熱エネルギーの放出を合わせることで溶解熱が求められます。従って、塩化ナトリウムの溶解熱は-771+767=-4 (kJ/mol) となります。つまり、1molあたり4kJ の熱を吸収するということです。水酸化ナトリウムの場合、格子エネルギーが868kJ/mol, ナトリウムイオンと水酸化物イオンの水和熱の合計が912kJ/mol なので-868+912 = 44(kJ/mol) となり、溶解熱は44kJとなります。
溶解熱 = -(結晶の格子エネルギー) + (各イオンの水和熱)
ここまで詳しく解説してきましたが、これらは「塾講師として知っておいたほうがよい情報」です。授業を行う時に「いつでも教えるべき内容」ではありません。生徒が興味をもったとき、生徒が基礎知識を十分に覚えた段階のときに説明する内容ですので、どこで使うべきか考えて授業を行うようにしましょう。
水
水については化学の授業をするときによく話題に上ります、水は陽性の強い水素原子と陰性のつよい酸素原子が共有結合してできた分子です。両原子の電気陰性度の差が大きいので水は強い極性分子となります。したがって、水は多くの物質やイオンの優れた溶媒として働き、運搬の媒体として機能します。他にも水素結合などの説明でも出てきます。さて、特徴の多い水に対して生徒に興味を持ってもらう問いかけを2つ紹介します。
表面だけが凍った湖の底の水の温度は何度でしょう?
簡単な模式図は右のようになります。
濃い青の部分が氷、薄い青が水と考えてください。
この水の部分の最下層は何度でしょうか。
水ですから0度以上で考えると・・・。
答えは4℃です。
なぜならば水の密度がもっとも大きくなるのは4℃だからです。4℃のとき、水の密度は1g/㎤になります。密度の計算で用いる水は厳密には4℃の水を用いているということになります。
なぜ4℃なのかというお話は少し話が長くなるので授業前の軽い話として用いる場合は割愛したほうがいいかもしれませんが参考として載せておきます。実は強力な水素結合が関連しています。
(参考)氷は融解によってすべて水になります。この水になった段階でも約85%の水素結合は残されているといわれています。つまり、液体の水の中に部分的な氷の構造(=クラスターと呼ばれる)が残っています。この構造は水分子の熱運動により絶えず分解と生成を繰り返しています。実は沸点に達した時点でも水素結合の約75%は残っており、水蒸気になったときに完全に水素結合が切れたといえます。部分的な氷の構造が壊れ、体積が減少する働きと、温度が上がると水分子の熱運動が激しくなり、1分子の占める運動空間が大きくなる働きが大きくなる働きのバランスがとれる温度が4℃なのです。
水の温度上昇のためにはこの水素結合を切りながら行わなければいけないので水はかなり大きい比熱を持っています。私たちの人体中には成人で約60%もの水が含まれているといわれていますがこの比熱のおかげで冬のような外が寒い時も急激な温度変化の影響を受けにくくなっています。
ここで水に関連した○×クイズを一つ取り上げます。
北海道にある湖は冬に湖の水は全て凍る。○か×か。
答えは「×」です。その理由は主に3つあります。
1つ目は湖の表面に氷が張っており、底は土ですから底と表面で温度差が生じ、水の対流現象が起こるからです。先ほど述べたように水は4℃で密度最大ですので、土によって暖められ4℃を超えた水は密度が小さく表面に向かって動き、逆に氷によって冷やされて4℃に近づくにつれて密度が大きくなった水は底に向かって動きます。中学理科でも3年生に熱の伝わり方として対流の説明時に使えるのではないかと思います。
2つ目は氷に隙間が多いからです。氷の中に含まれた空気によって熱が伝わりにくくなります。したがって、氷の下にある水の温度を急激に低下させることがないので、ある程度の深さがある池や湖ならば底付近の水まで凍ることはありません。
3つ目は不純物の増加による凝固点降下現象の発生です。純溶媒と溶液との凝固点の差を凝固点降下度(t)といいますが、これはモル凝固点降下をk とし、溶液の質量モル濃度をmとすると
t = k × m
となります。したがって、不純物が入っているほど凝固点は下がっていきます。ここでの不純物とは汚れや塩分のことを指します。実際、海水の凝固点は約-1.9℃です。
今回のクイズでは「湖の水がすべて凍る」としましたが、実は水面でさえ全面凍結しにくい湖として北海道には日本最北の不凍湖、支笏湖があります。
植物は根からどうやって葉がある高いところに水を吸い上げているのか?
これは中学1年生で習う植物のお話に関係します。この質問の完全な答えは実はまだ分かっていません。ここでは水の特徴に関する部分的な答えとして「表面張力が大きく、毛細管現象が起こるから」としておきます。メスシリンダーの目盛を読み取るときに水の表面がメスシリンダー付近で少し曲がっていることなど、生徒にとって表面張力は身近な話だと思います。この表面張力が大きいと、細い管を水の中に差すと勝手に水が細い管内を上昇します。これを毛細管現象と呼びます。管の半径と水の表面の高さが反比例していることが原因ですが、なかなか説明が難しいのでここでは図での説明を紹介します。イメージとしては図のように管が細くなればなるほど水面を曲げる力が水を押し上げる力になるということです。黒板で簡単に図を書くほうが生徒もイメージをつかみやすいかと思います。
また、この毛細管現象は細い管と水の入った容器を用意すれば再現できるので、実演してみるのも効果的な方法でしょう。この毛細管現象によって人間の体内の血圧の低い毛細血管の先まで血液が送られています。
以上で化学の小ネタ集②は終了です。授業をカリキュラム通り進めることも大事ですが、生徒に興味を持ってもらう授業を目指すことも大事ですので、ぜひ小ネタを活かしてください!!