日本史の授業に必要なこと
昨今、鎌倉時代の成立年が1192年説から1185年説に変わるなど歴史の研究成果が次々と話題になりました。
教科書に記載されているような”定説”は、有力な根拠を持つ新発見がない限り覆すのは中々難しいものです。
しかし、今後も歴史学者たちの研究によって歴史の見方、捉え方は、
二転三転していくことでしょう。
新年度の4月に出版される日本史の教科書も、入試までの間で事実関係に変化が現れることは、
十分起こりえます。
日本史を指導する講師は常に歴史学の最新の研究動向をおさえていきましょう。
ツールとしては、歴史学の刊行している学会誌や論文集を用いることが効果的だと思います。
論文掲載サイト「Cinii」なども用いて研究内容をぜひ覗いてみてください。
話を戻します。歴史は常に書き換えられる。そんな話をしましたが、
”歴史学”とはいったい何を根拠に学説を打ち出すのでしょうか?
結論から述べると、歴史学で何よりも重視するのは”1次史料”です。
◯一次史料と二次史料
<一次史料>
当時の生の資料のこと、例えば中世で言えば、幕府が支配のために出した下文・下知状・御教書などの
古文書、日記、手記など当時の人物、当事者が実際に肉筆で記したもの。
<二次史料>
二次史料は、例えば鎌倉時代当時に作られたものではなく、鎌倉時代に残された一次史料を基に後の時代になって、編纂したものなどを指す。解釈などが付け加えられているものもある。
他に三次史料、四次史料という区分もありますが、歴史学の検証では重視されないのでここでは割愛します。
もちろん、一次史料であるからといって、全てそのまま正しい事を書いてあるとは判断しません。
歴史の公式な文書や貴族の日記は、自国、ないし自分たちの家系を有利になるように描くからです。
ゆえに「客観性」、「政治性」は常に疑いながら読まなければなりませんが、
その部分は研究者に任せ、講師は研究者によって客観性があるとされた一次史料を用いた授業の教材研究と授業で活かす方法を考えていきましょう。
長い前置きになりました。本稿では
歴史の現場である”一次史料”を授業でいかに用いるか
をご紹介します。
コンテンツ
1.教材の選定
2.「関東御教書」原文
3.授業での用い方
1.教材の選定
本稿では、鎌倉時代に書かれた「関東御教書」の「鎮西探題」に関する部分を用いてご説明します。
これを用いる理由ですが、入試問題でも頻出の史料であるため、実践的に紹介できると判断したからです。
簡単に当時の時代背景からおさらいします。
1274年文永の役・1281年弘安の役で、日本は天候も味方につけて元軍の侵攻を防ぎました。
しかし、鎌倉幕府は3度目の侵攻をかなり警戒していました。
元はかなりの強敵であり、2回防ぐことに成功しても、次守り切れる保証はどこにもなかったからです。
幕府は来たるべき(実際には三度目はなかったのですが)危険に備え、九州に強力な軍事動員体制を整える
必要がありました。ここまでが鎮西探題の設置された背景です。
<ここがポイント>
鎮西探題は、3度目の元寇に備えて設置されたものだった
2.「関東御教書」原文
それでは早速、「関東御教書」の原文を見てみましょう。
現代語とは違う、独特の字体で書かれているので中々難しいですね。
これをスラスラ読むには、読み方の方法論を会得し、何度も反復練習する必要があります。
指南書として出版されている
石井進『中世の古文書を読み解くー古文書入門ー』(東京大学出版会、1991年)
などを用いてぜひ練習してみてください。
話を戻します。この原文は翻刻※すると以下のようになります。
※翻刻:古文書、写本、板本など崩し字で書かれた文献を楷書になおして一般に読める形式にすること。
原文読解に慣れるまでは、翻刻から開始してもよいかもしれません。
ここまで来ると、高校で学ぶ漢文の知識で正確に書き下しをすることが出来ます。
本稿は漢文の記事ではないので、詳述はさけますが、熟語の知識を利用して読むと、
読み下しは以下のようになります。
<翻刻>
(1)異賊警固の為、兼時・時家を鎮西に(2)下し遣わす所なり。防戦の事、評定を加え、一味同心し(3)籌策を運らすべし。且つ合戦の進退は宜しく兼時の計に随ふべし。次に地頭御家人并びに寺社領・本所(4)一円地輩の事、守護人の催促に背き、(5)一揆せざらば(6)注申すべし。殊に其の(7)沙汰有るべきの由、薩摩国中に(8)相触るべきの状、仰せに依って、(9)執達件の如し。
正応六年三月二一日 陸奥守花押
相模守花押
島津家下野三郎左衛門尉殿
となります。
<ここがポイント>
一次史料から、教科書の記述も検討することができる
3.授業での用い方
ここまで、古文書の解読というかなり専門的な話をしましたが、授業ではこれをどのように活かせるか、
ここからご説明します。
今一度、古文書を実際に用いる有用性はどこにあるのか、という事から話を始めます。
結論から述べると、”歴史の現場”を生徒たちに経験させられることです。
小学校から高校までの歴史教育の中ではこれについて論じられることは少ないですが、
歴史は「史料を根拠にしていかに本質に迫れるか」ということが、最も大事なのです。
もちろん、教科書の記述も全て史料を基に組み立てられています。
それゆえに、授業では古文書のくずし字をいかに解読するか、という部分までは踏み込めなくとも、
高校生にわかる程度にまで噛み砕き、歴史の本質である史料を提示するのはとても重要なのです。
本質とは
- 実際にその史料がどのような意義を持っていたのか、
- その様式からその文書の出す人と出される人たちににどういう関係があるか
など歴史的に考察できるもの、ということです。
本稿の場合であれば、上記のように翻刻をして彼らの漢文の知識で読み下せるところまで講師が準備してもよいでしょう。
さらに、読み下しの中にわかりにくい単語があれば、あらかじめ提示してあげてよいのではないでしょうか。
上記の場合であれば以下のような形で提示することができます。
【語句】(【日国】=日本国語大辞典)
(1)異族警固:蒙古襲来に対する警備(本文書が出された時期より)
(2)下遣:命令して都から地方へ行かせる【日国】
(3)籌策:①はかりごと。計略。策略。
②両者を取り持つために仲に立つこと。仲介。【日国】
(4)一円地:一円知行している土地。一円領(いちえんりょう)。【日国】
(5)一揆:①程度、種類、やり方などが同じであること。
②おのおのの心を一つにすること。行動を共にすること。一致団結。一味同心。
③(─する)参加者の一味同心を目的にして結ばれた集団。また、そのような集
団をつくること。中世、同一の目的を有する武士や農民の集団。
④江戸時代に領主に対して農民がその要求を実現するために結合して行なった蜂起
また、その者たち。
⑤明治初期、政府の政策に反対した政治運動の一形態。徴兵反対一揆、地租改正
反対一揆等。【日国】
(6)注申:注進に同じ。事件の内容を書き記して急ぎ上申すること。また、事件を急いで報告すること。
注申。【日国】
(7)沙汰:①年貢を納めること
②知行すること。庄務を行うこと。
③弁償すること。支払うこと。負債などを分担すること【日国】
(8)相触:①広く告げ知らせる。通知する。言いふらす。
②互いに触れ合う。接触する。
(9)執達:上の命令を下へ伝達すること【日国】
ここまで提示してあげれば、あとは翻訳ですね。
返り文字や上記の単語などに注意して訳を作ると以下のようになります。
<本文訳>
異族警固(蒙古襲来)の為に、(北条)兼時・(名越)時家を鎮西に派遣する。
防戦の事について、話し合いでの決定を加え、心を一つにして策を巡らせるようにすること。
かつ合戦の進退は兼時の計画に従うようにすること。
次に、地頭御家人ならびに寺社領・本所一円地の輩の事について、守護の催促に背き、行動を共にしない者については急ぎ上申すること。
加えてその知行がある事、薩摩国中に広く告げ知らせる状、仰せによって命令すること以上の通りである。
正応六年三月二一日 陸奥守花押
相模守花押
島津家下野三郎左衛門尉殿
<ここがポイント>
授業では、生徒の既習範囲まで目線を合わせて提示する
まとめ
ここまで、古文書を日本史の授業で用いる有用性や用い方について説明してきました。
最終的にここまで読み込むことで、
- 古文書が鎌倉時代に鎮西探題を派遣することになった背景
- 蒙古襲来の後に幕府がその支配権を西国にまで拡大したこと
- 西国の寺社領や本所など貴族の土地の事柄についても指示を出すことができるようになったこと
- 鎌倉時代の幕府の位置づけの転換
を明確に読み取ることができるのです。
時間はかかりますが、歴史の一次史料を読み込んでいくのはとても興味深いものです。
読み込むことで「だから教科書はこのように記述がされているのか」という新たな発見を得られるだけでなく
歴史の知見もより深まるからです。
かなり専門的な内容になりましたが、塾講師の方により専門性を深めてほしいという思いから紹介させていただきました。
本稿は以上です。ここまで長文ご精読ありがとうございました。