はじめに
今から6年前の2009年、筆者は受験勉強真っ只中でした。
苦手だった英語長文の勉強している中で、こんなストーリーに出会ったことがあります。
主人公は、小説家を目指す若い男性。
毎月開催される出版社主催の小説コンテストに自分の作品を応募し続けますが、一向に審査を通りません。
”かなりの自信作を送っているのに全く受からない”
出版社の人が本当に読んでくれているのか疑心暗鬼になった主人公はこんな手紙を送りました。
「出版社の方へ
いつもコンテストに応募している○○です。
このコンテストはきちんと審査が行われているでしょうか?
毎回のように小説を送っても一向に通らないので、ある実験をさせてもらいました。
前回のコンテストで、私は小説の20~21ページをホッチキスでくっつけて送ったのです。
(落選してその小説が)返ってきましたが、ホッチキスはくっついたままでした。ちゃんと読んでくれているのなら、必ず真ん中のホチキスを外しているはずです。
つまり、あなた方はきちんと読んでいないにも関わらず表向きは審査したとしているのです。」
「○○さんへ
出版社の××です。
お手紙ありがとうございました。ご心配かもしれませんが、きちんと審査をしています。
例えば、外側の殻が新品のようにきれいなゆで卵があったとしましょう。
しかし、その卵は実は半年前に賞味期限が切れたもの。すでに中身は腐っています。
その卵を食べる時、あなたは腐っているとわかりながら卵の殻を全てむき、口の中で味を確認するでしょうか?
おそらく殻をむいてにおいや色がおかしいと思えばすぐに食べるのをやめるはずです。
小説というのもこれと同じなんですね。
全て読まなくても最初の10数ページで”良い小説かどうか”は分かってしまうのです。」
イギリスで実在した物語を書いた英語長文でした。
この話の中で出版社の人は、”全て読まなくとも最初の数ページで小説の良し悪しはわかる”と言っています。
これは言い換えると、良い小説にするためには物語のつかみがとても大切である、ということですよね。
唐突に小説の話をご紹介しましたが、ここで述べられていた
つかみ=”導入”の大切さというのは、授業にも共通していることであると考えます。
高校生だったころ、もしくは大学の授業を受けている場面を思い出してみてください。
授業(講義)が始まってから最初の5分~10分の内容を聞いて
と思ったりしませんか?
同時に、塾講師の自分は生徒に①②どちらの思いをさせてきたかが気になってしまいます。
私たちも教える身としては、生徒の頭が新鮮な最初の5分程度の時間で①のように心をつかみ、
スムーズに授業の世界に引き込みたいですよね。
さて、本稿では以上のような問題意識から、
授業の導入で生徒の心をつかむ方法
を考察していきます!
なぜ「導入」なのか
さて、唐突に「導入」という言葉を出してしまったのですが、この「導入」とはどういう意味でしょうか?
教育業界ではよく用いる言葉ですが、実は事典に載るような共通の定義はありません。
そこで、本稿では導入を、
授業の入り口で授業の方向性を定めるだけでなく、生徒の学習への意欲や関心を植え付ける
として話を進めていきます。
まず、皆さんがこれまで受けた授業で特に良い印象が残っている授業を思い出してみてください。
50分の授業であればだいたい最初の5分、多くて7~8分くらいの時間を使って、
一気にその先生の授業に引き込まれた、という経験をお持ちではないでしょうか?
- 「えっ○○だと思っていたけど、実は違う?いったいどういうことだろう?」
- 「自分の日常には全く関係ないと思っていたけど、実はたくさん使われている?いったいどういうことだろう?」
など。他にもたくさんあると思います。
私は教育学部に所属している関係で、日頃様々な授業実践を見る機会を持っているのですが、
生徒が引き込まれるような授業をできる教師(講師)は「導入」がとても上手いのです。
もちろん、導入だけ良くてそのあとの展開の内容が薄くなっては意味がありません。
しかし、授業を受ける生徒の頭が最も新鮮な間に心をつかむことができれば、生徒は授業に集中しやすくなりますし、授業者としても軌道に乗りやすくなります。
つまり、「導入」を成功させることができれば
①生徒が授業に集中しやすい下地を作ることができる
②生徒の心をつかむことで講師にとっても授業をしやすくなる
という2つの大きなメリットを得られるのです。
「導入」で心をつかむ方法を考えてみよう
それではここから具体例をご紹介します。
筆者は専門が社会科であるため、英語や国語、特に理系科目にも応用できるとは言い切れませんが、他の講師の方でも参考になる方法を言及します。
魅力ある教材を作る
まず、ご紹介したいのが「魅力ある教材づくり」です。
中身に入る前に、具体例からご紹介します。紹介するのは筆者が以前実践した日本史の「公害」を単元とした授業です。
授業を受けている人の気持ちになって以下の文章を読んでみてください。
まずは1枚の写真をご覧ください。
こちらは2015年4月、中国の首都北京の街を写した1枚の写真です。
視界が非常に悪く、近くに大きなビルでさえ霞んで見にくい状況であることが伝わってくると思います。
中国は近年、GDPで毎年驚異的な数字を出し続け、大いなる経済発展を成し遂げてきました。
しかし、その代償として、現在深刻な大気汚染に悩まされています。
各工場から大量に出た排ガス、石炭工場から立ち上るすすの煙、自動車の排ガスが上空で化学反応を起こし、人体に非常に有害な物質が生まれました。
昨今ニュースで大きな話題となっていたpm2.5という微粒子です。
「大気中に浮遊する粒子径2.5マイクロメートル以下の微小な粒子。燃焼に伴い自動車や工場から排出されるほか、粉じんやたばこの煙などにも含まれる。非常に小さいため、吸い込むと肺の奥深くに入りやすく、呼吸器系や循環器系への影響が指摘されている。」
引用元:『情報・知識 imidas 2015』
このpm2.5は直接吸い込むと呼吸器の深刻な病気を引き起こすがあるため、pm2.5の特にひどい地域ではマスクなしで歩けない状況になってしまったのです。
この写真を頭の片隅に入れておきながら、今度は同じ2015年4月の東京の写真を見てください。
東京タワーを中心に、かなり遠くのビルまで形がはっきり見えることがわかりますね。
日本は世界でも有数の環境先進国であるため、車がたくさん通る首都高付近の写真でも、これだけ遠くの景色を見ることができるのです。
さて、もう一度。同じアジアの国の首都である北京と東京
日本に比べて中国はなんてひどい状況になのだろう、と思う方もいるのではないでしょうか?
しかし、わずか50年ほど前の日本も現在の北京のように深刻な大気汚染に悩まされていました。
著作権の関係でここには載せられないのですが、1960年代の東京タワーの周りは一面スモッグでおおわれ、深刻な大気汚染に悩まされていたのです。
視界は非常に悪く、排気ガスの特にひどい地域ではマスクをしなければ歩けない状況でした。
現在の中国の状況と似ていますよね。
さらに1964年に行われた東京オリンピックを思い起こしてみましょう。
1960年代最大のビッグイベントとも言われたスポーツの祭典でしたが、東京でのスモッグがあまりに多すぎることから選手の健康に悪影響を及ぼす警鐘がならされました。
その大気汚染ゆえに、東京でのオリンピック開催を見直すべきだという意見があがるほどだったのです。
・・・。
というように、現在の日本と中国の比較で公害問題への意識を高めさせました。
ここまで約3~4分のプレゼンテーションですが、こういった視覚的な教材を用いることで、生徒が普段当たり前のように暮らしている東京への意識を揺さぶりました。
そして、「わずか50年前の日本では北京のような状況になっていた?公害とはいったい何だろう?」ということへの問題興味を植え付けられました。
これのポイントについては最後でまた詳しくまとめます。
生徒の声を導入に活かす
生徒は教師からの指導だけでなく、友達や同じクラスメイトからも互いに刺激しあい、学んでいます。
例えば、ある授業でこっちが生徒の発言を促そうと色々と手を打ってもシーンとした状況が続いたのに、
たった一人勇気をもって発言してくれた生徒がいただけでその後ぽんぽんと手が上がるようになったり、
自分の説明を聞き終えて、生徒の一人が「先生、つまりこれって○○ということですか?」
という質問をすると、「僕(私)もそれ思った!」という声が出てきたりしたこともあります。
集団の授業では、このように先生→生徒だけでなく、生徒→生徒という刺激や学びもあるのだと気づかされます。
こうしたことを含めてお勧めしたいのが、生徒の声を導入に活かすことです。
以前、筆者は授業の最後に書いてもらった生徒の感想を名前を伏せて導入に用いました。
例えば、授業で「在日朝鮮人」について学習した時には以下のような感想が出ました。
(参考「【社会科講師必見】現代社会をわかりやすく教えるコツー「在日朝鮮人」を考える①」)
「 (在日朝鮮人の) 歴史、受けてきた差別について日本人は知らないし、考えていない人が多いことは事実だと思う。言葉そのものについて知っている人はいても、実際どのようなことが行われていたか、そして何が問題なのかを本質的に知らないから、”得体のしれない何か”という認識に至ってしまうのだと思った。」
引用:生徒Aさん
「まだまだ世の中にはたくさんの主張があると思うけれど、その一部でも学べたことに意義がある。この問題には正解も不正解もない。一人ひとりがどのように考えるか。どんな主張であってもしっかり歴史を学んだうえで向き合っていくことが大切なのだと思う。」
引用:生徒Bさん
こういった感想を5~6人分載せてプリントアウトし、授業の冒頭で生徒に「ちょっとこれ読んでごらん」と渡します。
講師目線になるので、選ぶ基準は主観が多少入ってしまうのですが、ほかの生徒にも共有してほしい意見をいくつか取り上げてあげるとよいと思います。
これを冒頭に取り入れると、生徒は食い入るように読んでいました。
同じ授業を受けていた同年代の仲間が、テーマについてどんな感想を持っていたか、生徒はやはり興味があるようです。
学者やメディアの意見を導入に利用したこともあったのですが、感触としてこうした専門的な意見よりも同年代の意見の方が熟読していました。
もちろん、専門的な見方を紹介することが有効な場面もあります。
ですが、授業の入り口(導入)で生徒の頭にすっと入り込んでくるという点ではこちらの方が優れているかもしれません。
まとめ
ここまで、社会科の授業で有効な導入の用い方についてお伝えしてきました。
ここまでの内容を踏まえて最後に、導入で有効なポイントをまとめて本稿の締めとします。
①生徒の自明性を揺さぶる
北京と東京の写真の比較では、生徒たちに
- 自動車の交通量が多く、(京浜工業地帯など)工場がたくさんある東京で、空気がそこまで濁っていないのは決して当たり前の事ではない
- わずか50年ほど前には東京もとてつもない大気汚染に悩んでいた
という意外性を与えることが出来たと思います。
過去に公害という苦い歴史を経験し、そこから血のにじむような努力で環境への負荷を最小限にする環境への取り組みを行ってきた結果でもあるのです。
こうすることで、生徒たちに普段私たちが安心して外を歩ける日常は決して当たり前のものではない、という意識づけができるのです。
そういった点で、生徒の当たり前と思っている「自明性」を揺さぶることが大切なのだと考えます。
②視覚、聴覚に訴える
本記事では、記事という性質上、視覚的な教材をご紹介しました。
これに加え、実際の授業では聴覚的な教材を利用しても良いと思います。
例えば「冷戦」を扱う指導では、とある小説の冒頭を利用し、
ベルリンの壁を乗り越えようとしている主人公が追っ手を何とか振り切ろうとしている場面の朗読から入りました。
どの教材を選定するかは講師の裁量次第ですが、利用するにあたっては
- きちんと目的があること(この例でいえば「何故ベルリンの壁が建設されたか?」につなげました)
- わかりやすいもの(生徒がそれを見たり聞いて逆に混乱しないために)
の2つは少なくともおさえるようにしましょう。
③生徒の声を取り入れる
前述したように、生徒の意見をフィードバックすることはとても有効であると思います。
社会科という科目は、社会にある様々な意見や価値観を学習することが目的の1つです。
そういった点でも、他人の意見を紹介する意義があるのではないでしょうか。
もちろん、ただ紹介するだけでなく「なぜこれを紹介するのか」をしっかり明確にしましょう。
例:同じことについて述べてみても、立場が違うとこれほど意見が異なるものになることを伝える
冒頭で述べた通り、導入というのは授業の方向性を定めるだけでなく、生徒の関心や意欲を高めることが目的にあるからです。
何より、社会には様々な意見があるということを身をもってわからせるというだけでも非常に有効だと言えるでしょう。
長くなりましたが本稿は以上です。ここまでお読み下さりありがとうございました!